佐藤写真館

肥田柿の思い出

昭和63年7月16日

30年ばかり前に、何かの本で『肥田柿』原産地のことを読んだことを思い出した。その記事には、原産地は、「陸前越喜来村肥田」と載っていた。全国に知られている「肥田」はなぜ悪いのか。私が古いのか、「小枝」は賛成できない。やっぱり、生まれ故郷の『肥田柿』を守りたい。地元に元祖が現存して繁っている写真と記事を見て、よかったよかったと思った。「●沢平吉」さん、達者で『肥田柿』を守って下さい。

そこで私も、『肥田柿』 の事について、見た事、聞いた事、経験した事を思い出して書いてみました。専門家ではないので参考にもならないとは思いますが…。

都市計画で、市に住宅地として、わずかばかりの畑を買収された。10本ほどあった柿の木もなくなり、裏庭に、ただ1本だけ名残りの柿の木があります。それは『肥田柿』です。毎年よく実ります。

皆さんもよくご存知のとおり、"ぶどう"と"柿"は他の果樹と違って、毎年その年の若芽と花をつけて、葉と共に伸びますが、梅雨の時季など、少しの風でも、弱い枝は折れて、実も落下してしまいます。

花芽も、ぼろぼろ落ちます。親指ぐらいの青い実は、庭一面に落下しますが、それは〝やませ〟とか気候の関係ばかりでなく、授粉が完全でないので、自然が適当に摘果しているようです。春に花が咲いたぐらいの数が結実したら、まるで〝豆柿″ のような小さな実になると思われます。それと、他の果樹のように、手入れも肥料もなしでは、1年休みでなければ実も付きにくいように思われます。

柿畑を造成して、低木仕立にし、もっとたくさんの木を植えて果樹園を造ったら、名物『肥田柿』も近い将来、希望がもたれるようにも思われます。

〝桜折るばか、梅折らぬばか″よい川柳だと思う。柿もその通りで、子供の頃から、よく柿落としに行ったものだが、荷車引いて、空のままの〝カマス″を積んで、それに柿の木の高さに届くぐらいの長い竿竹をかついで行ったものだ。昔は柿の木は、畑の日陰にならないように、畑ぼとりに植えたもので、みんな自然仕立ての高木ばかりだ。

柿の木は太く見えても、もろいもので、折れやすいものだ。柿の実と栗の実は、 〝ほろぎ落とし〟と言われ、長竿でたたき、それで枝まで折れれば来年も豊作だと、わざわざ小枝をたたき折る。これが昔の剪定だ。私の大事な1本の柿は3mぐらいで、はしごを登って一つひとつの枝を、来年も芽の出る所を残すように折り取り、毎年秋の収穫を楽しみにしている。

折り取った実は、300個ぐらいを枝のまま軒下に吊して熟し柿にして、3月頃まで食べる。真っ赤に熟した『肥田柿』 のおいしいこと。輸送のできないのが心残りだ。

思い出したが、『肥田柿』 の味は、三陸町のが最高で、次は大船渡市内(立根、日頃市)で、原産地から遠ざかるほど味が落ちるようだ。

他種類の柿や豆柿が自然に多く繁っている土地は、実がつかずおいしい柿にはならないように思われるが、他に経験された方々のお話しも伺いたい。