佐藤写真館

宮様の一周忌に

昭和63年3月23日

昨年の早春は悲しみの春であった。誰にでも気さくで庶民的で親しみの持てる宮様がご逝去なされたからである。二月十日は一億万民から哀悼の意が寄せられ、豊嶋霊園での御葬儀の様子等、テレビ放送にじっと見入った悲しみの日であった。

18年前の夏

あれから早や一周忌を迎えられた。二度目に気仙にお出でになられた時のお元気な殿下のお姿が思い出され、皆さんにも懐かしい写真をお見せして共に追悼致したいと思います。

今から十八年前の夏だった。晴天続きで暑い八月のある日に、大船渡グランドホテルの御用命で、高松宮様の記念撮影のお電話がかかって来た。身に余る光栄で感謝の気持ちでいっぱいでした。

宮様からの二言は私には生まれて初めて、後にも先にも忘れ得ぬことで、今でも私の耳の奥深く刻みこまれています。

撮影にご指示

宮様との記念撮影は、千田知事、鈴木八五平県議以下随行の人達、市・町長と関係者を撮影し、次に県関係者、橋爪市長個人と、一応記念写真の撮影も終わり、機材はケースに納めた。

その後、たしか奉仕でお茶の係をしていた市婦人会の人達とグランドホテルの女の従業員さん達がぞろぞろ出て来て、急いで宮様との撮影を、と注文が来た。私も時間が制約されていると思って、ついスーパーセミカメラを向けたのでした。

宮様は撮影中も、とても気さくに誰にでも気軽に声をかけられ、気苦労をかけないようにご好意を示される。そこで宮様が私にひと言。

「君、君時間は大丈夫だから〝チッコイカメラ″ ではだめだから、大きいカメラで撮影するように…」と御指示なされだのです。甚だ恐縮の至りで、早速、組み立て暗箱に三脚をつけて、撮影が無事に終わったのでした。