佐藤写真館

芭蕉の句碑再建

平成元年10月12日

あれから一年、全国各地で俳聖・芭蕉の三百年祭が盛大に催されている。報道を見聞きするたびに破損した天神山の芭蕉の句碑の再建は忘れる事がない。バカの考え休むに似たりで、一歩も進展しないのだ。自分の無能さを自覚するだけだ。

今年の春、桜が散った頃、神域の薮に隠れ、雑草に埋もれていた諸神の石塔を探し集めて一カ所に立派に再建した天神山を守る会の皆さんの活躍には敬服し、毎週土曜日の勤労奉仕にも驚かされる。十七人の会員の顔ぶれを拝顔しても、定年退職後の年輩者が多いようで、労働作業など大変だと思われる。ほんとうにご苦労様と頭が下がる。

守る会の会長・鈴木直八氏のお宅に、小用があって訪れたのが幸運だった。その折りに石塔の再建計画と資金の調達など知恵をお借りしたかったのだが、話しているうちに熱中してしまい、芭蕉句碑の再建の今日までの事情を打ちあけて、出来ることなら、守る会の応援を願いたいと、自分の苦境を愚申した。事情を察知して、決断の早い会長さんは、ようがす、次の集会の時に話して応援するから…との力強い言葉に百万の協力者を得たような感激だった。話は急転して、守る会のメンバーには、「みさご俳句会」の会員もおり、その話は「みさご俳句会」の前会長で、現在、市農協組合長の佐藤進氏にも通じ、大賛成を得た。

みさご会員は東奔西走───。いよいよ具体的に計画が進展し、発起人の人選、建立場所決定。市の都市計画課からも係りの人が来て、石材の寄贈まで受けた。石材工場では原石を工場に運搬して加工の準備も出来た。昨年から声援して戴いている女流書家・津田静月氏も精魂込めて立派に揮毫して下さった。悶々の中に一年を暮らしたのは夢まぼろしの様だ。150年以前の大先輩諸氏の遺跡を三百年祭に受け継ぎ、後世に伝える憩いの丘に永久に保存される事であろう。錦秋の天神山公園から今出山を真向かいに、市街を眼下に眺められる一角に、昔の句の新しい碑が建立される事になったのである。

思えば、発起人諸氏たちの熱意と努力で、こんなに短期間や実現したことに感謝感激のほかはない。ほんとうに有難うございます。除幕の様子は後の機会にスナップ写真と共に掲載させていただきます。