佐藤写真館

定義如来と芭蕉の句碑

平成元年9月22日

連日、晴天続きの暑い真っ盛り。鉄道旅行の募集は、立秋になっても残暑はきびしいこの頃JR盛駅の企画だが、この暑さではとても老人の参加は無理だろう。同行の皆さんにご迷惑かけては済まない…と尻込みしてあきらめていた。台風十七号も日本海を北上して三陸沿岸地方は平穏無事に通過した。天気予報は九月二日曇り一時小雨と報道された。

定義如来参拝団へ参加

台風一過朝夕の涼しさは生物の生気を蘇らせる。老体も元気が出る。二日は定義如来参拝団の日程だ。急に心変りがして予報を信頼し、旅行団に参加を決意した。駅で係の職員に面会して申し込んだら、まだ募集人員に余裕があったので参加することが出来た。私の仙台行きは他に目的がある事を話して了解を得た。

一つは気仙綾里の名匠・花輪喜久蔵の建築した定義の堂宇を改めて観察して撮影する事。今一つは天神山の芭蕉の句碑再建がようやく実現出来る見通しがついたので、是非本元の句碑を確認して再建の参考資料にするのが目的だった。

いよいよ旅行の当日は予報どおり曇り。寝られぬままに三時に起床してゆっくり朝食をすませ、六時に駅に着いたらご婦人の顔で待合室は満員だった。特別列車は三両で、乗車したら部落別に各座席は窓に四人ずつ指定席になって氏名の札がはってある。その中に男性は四人だけの参加だった。定刻六時二十分発車で添乗員の駅員さんは五、六人ぐらいで親切な接待に恐縮した。竹駒駅までは途中から参加乗車でほぼ満席となった。

車内はほがらかで家業話や取り引き話をする者はない。年がら年中の家庭生活から解放されたような、嬉しさが顔にあらわれている。

捻蓋付のコップが配られた。大きな薬缶で熱いお茶を注いで回る。朝は寒いほどだったが、気温は上昇する。天井の扇風機は心よい風を配給する。一ノ関からは東北本線を南下する。支線とは乗り心地が違う。スピードが出る。複線だから無停車同様。大船渡線とは雲泥の差だ。車内では酒が出る、ブドウ液が注がれる、氷をコップに入れて回る…。添乗員は忙しい。サービスは満点。仙台駅からは宮城観光バスが配車されて待ち受けていた。列車もバスも実に豪華だ。だから疲労を感じない。

小雨の定義

定義に着いたのが十一時頃か。全員本堂に案内されて「家内安全・商売繁盛」等のご祈祷が催された。正面本堂前に大きな香炉。前は多勢の参拝者で線香の煙がもうもうとたちのぼる。深く頭をさげ合掌して参拝した。小雨がそぼ降る境内で山門から本堂鐘堂彫刻等まで撮影を終って、祈祷の終った一行と寺の前の食堂で昼食を済ませ、次の目的の芭蕉の碑の撮影の段取りを考えた。バスのガイドさんに尋ねても運転手も本町通りは分かるが、滝沢神社を知らないのだ。宮城県庁あたりと聞いているから県庁に近い所でバスを留めて下車させて下さい。帰りの列車四時三十分まではタクシーで駅に辿りつく事にしたら添乗の盛駅員の方が交渉して下さって県庁前を通ってあげるからと路線を変えてそのバスだけが県庁前で停車して下さった。勝手な願い心よく配慮していただき有難かった。

やっと念願が

老人を心配したガイドの可愛い娘さんは先に下車して「これが宮城県庁です。向かい側に巡査の派出所があるから注意して横断して尋ねて見なさい。」と言ってくれた。バスと別れ、三叉路を渡って交番に行き、滝沢神社を尋ねたが、本町通りの地図を広げて見てもわからない。本署に電話をしたら、すぐに交番から五十メートルのところにレジャーセンターがあり、道路向かいである事がわかった。

県庁の隣りに十坪ぐらいの境内に赤い鳥居が見える。初めて見る神社であるが、時間がない。参拝を後にして撮影を急いだ。雨は晴れた。戦時中に空襲の被害にあったのか、総てが新調である。社殿は鉄筋コンクリート、灯篭も赤い。鳥居も真新しいが、探し尋ねる碑は接着剤で数ケ所張り合わせてあったが、昔の面影を残してあるのはこの三尺ぐらいの句碑だけだった。 

    

春靄にひっそりと

念願かけてやっと巡り合った滝沢神社と芭蕉の句、遺跡、奥の細道。春靄(はるもや)の本家元句をしばらく拝観してレジャーセンターにタクシーを呼ぶ。電話拝借に行った庭で自家用車から中年の男の人が降りて来た。私が「耳が遠いのですが、タクシーを呼んで下さい」と頼んだら、「駅までなら送ってあげましょう。お乗りなさい」と先にドアを開けてくれた。四時三十分の団体と帰るのです。送って貰えれば有難い事です。お願いします。その間三十分の早業だ。世の中は親切が沢山ある事を感謝感激して夢にも見た芭蕉句碑の元句を拝観して涙が出るほどうれしかった。そしてお互いに気がせくまま車で駅まで送って下さった親切な人のお名前を知るよしもなし、心ばかりの謝礼をさせて戴いて駅前で別れた。あの親切な人を一生忘れる事はないでしょう。有難う御座います。

時計を見たら四時十五分、エスカレーターで二階に登れば改札口では皆が組別に 列をつくって並んでいた。添乗員の方は手まねきして呼んでいる。列車がホームにすべるように入った。今朝乗車した時と同じ配列だ。定刻四時三十分発車。仙台駅を出て松島あたりまではやや静かだったが、カラオケテープが鳴る。念願の定義如来の参拝をはたした心の安堵が百芸続出。唄あり、踊りは通路で幕引かずの余興が飛び出す。笑い声が車内に充満だ。帰宅を待ってる父さんに見せたい。実に楽しい一日だった。

JR盛駅の皆さんの手配のよいサービスと、一人の事故者もなく無事に盛駅に着いて解散したのは八時四十分頃だった。駅の皆さんはお疲れ様だった事でしょう。お世話有難う御座います。