佐藤写真館

薬剤散布の功罪

平成元年9月12日

奥の細道「芭蕉の句」になんとなく親しみを感じるのは、我々老人だけであろう。笑うのは戦後の生まれで蚤(のみ)にも虱(しらみ)にも出合った経験のない年代の人々で、大正以前に生まれた人たちは、かゆいのを我慢して、さながら同居生活を続けたものだ。血縁の間柄であると思えば憎めない。目を閉じて思い起こせば珍談奇談は誰しも持っているだろう。

思い出の蚤虱…今では幻の寄生虫となり寂しさを感じ、なんとなく懐かしさが残る。DDTの輸入と薬剤散布の効果で害虫は絶滅して蚊も蝿も珍しい程になったが、その半面、自然の破壊も被害甚大だ。殺虫剤と農薬の使用規制を早急に制定の必要があると思う。

蚤虱蚊蝿害虫ばかりでない。春が来ても昔の様に鳥類も渡って来ない。夏が来ても蛙も鳴かず、蛍も飛んで来ない。小鳥の不足が松くい虫などの繁殖を来たし、多額の経費をかけ、ヘリコプターで薬剤散布をしては自然に生息する動物鳥類まで全滅の危機に追い込んでいるのである。

毎年の地域の事業の一つで、今年も七月三十日、私の地域では全面薬剤散布を実施したが、蚊も蝿もない楽しい暮らしは有難い事と感謝して居るが、一方で夏の夜のひと時のやすらぎを誘う蛙の鳴き声も、秋の夜の鈴虫の音も、コオロギもキリギリスも昨年以来、きく事が出来なくなった。

でんでん虫も今年はとうとう顔を見せてくれない。消えゆく自然を思う時、涙が出る程に寂しくなる今日この頃。薬剤散布の検討が必要かと思われる。