佐藤写真館

今出山登山

平成元年7月6日

青年会講所主催の例年行事の一つに、市民の「今出山登山会」がある。六月十一日、参加募集の記事を見て、毎日裏庭に出ては双眼鏡で今年のツツジの咲きぶりを観察し、心は山頂を思い浮かべている。昨年は六月六日に友人の車で登った。真っ赤にもえて市民を招いている様だったが、今年は椿と同様にツツジも異変のようだ。山には一つも花がついていない様だ。

それでも山好きな自分は登って山の様子をこの目で確かめて見たいのだ。心は逸(はや)るが体力はもう限界だ。それでも登りたい。無茶ではなく山を愛する者の共通の心情だ。頂上まで車で登れる山は気仙の三霊峰の中では今出山だけだ。

荷物運般車に便乗

倅が私の気持ちを察して、登山の前日、青年会議所に電話で交渉してくれた。準備のため職員が荷物運搬などするだろうが、その時は何とか老人も荷物と思って運搬していただけないだろうか…と。「窮すれば通ずる」のたとえ通り、心よく承諾して下さった。中井橋で待つようにとのことだった。

喜びは他人にも分けたいのが人情で、明治の友達が近所に居る。早速誘ってみたら、初めての今出山登山と言うことで私以上に喜んでいた。明朝八時半の約束をし床についたが、勝手知った山の風景が思い浮かび寝つきが悪かった。寝られぬ時は新聞投稿用の原稿を書くことにする。夜が明け、朝から快晴。六時半起床と日記に書く。

老体二人、早めに出掛け、中井大橋で待つ。時間通りに車が停車した。驚いたことに、荷物車ではなく、老人二人のためにわざわざ乗用車を配車して下さったのだ。もったいないやら申し訳ないやら感謝のほかはない。中井の刈山の集合場所には、男女、小学生まで、すでに二、三十名は集合していた。出発時閉までには参加者名簿に記入。歩こう会の部員と合流して三百余名の大登山隊となる。

主催者の注意や説明等があり、予定時刻九時半の出発となった。私等は、ひと足前に発車し三十分で山小屋前に到着。先発の世話係の青年たちがテントを張ったり連凧の試飛などをやっていたが、山頂は珍しく無風状態で、なかなか凧が揚がらないので断念したようだ。そのうちに車の連中が次々に登って来る。

残念!海岸線は濃霧

電波の林の塔までは一キロ以上の地点。何としても頂上からふる里のたたずまいを眺望したい。出来れば金華山も眺望したい。三陸沿岸の海岸線を見たいのだ。残念ながら沖は濃霧で、沿岸は霞んで見通しが悪く、唐桑崎がやっと見えるぐらいだった。氷上山も墨絵のように中空に浮かんでいる。市内もベールで覆われたようで、カメラの遠望は無理だ。

暖冬異変は高い山にも悪影響を及ぼし、ツツジも花を咲かせないのだろう。それでも自然とは恵み深いもので、谷ウツギの桃色の花は道側のアヤメの紫の花と咲き競っているようだ。名も知らぬ木々の花々には心が安らぐ。

真夏が過ぎると、強力に茂りを競って群落をなしているあざみの花も咲くだろう。その後は各種の木々の紅葉へと秋の今出山は錦秋のたたずまいを誇る季節がやってくる。その時期が来たら、同年輩の老人たちに呼びかけ、希望者を募り、山頂から生まれ故郷を眺めたいと思っている。私が今出山に行って来た話をしたら、おらも行きたいが、心がはやれど足がついて行けない…車で登るなら一度は登りたいと思っている人たちが多勢のようだ。

話は横道にそれたが、現地に到着し持参の弁当を広げるときの楽しさ、青年会議所の心尽しのナメコ汁に焼ソバ等、山で食べる飲食物の味はまた格別だ。下界を眺めながらの憩いのひと時には、山小屋前でのクイズや輪なげ、最高齢者と最低年齢者の表彰等、賑やかに行われ登山会は三時に終わり、各自下山を始めた。私等二人は車で送っていただき無事帰宅した。

楽しい登山に老人のためのご配慮は忘れることの出来ない感激でいっぱいです。青年会議所の皆様ほんとうにありがとうございました。この次は大勢の老人を誘って、私等の嬉しさや楽しさを共にしたいと思いますので、ご迷惑はお掛けしない様に注意しますので、どうぞこの次の計画にもぜひ入れて下されば幸甚です。

今出山の詩

○年に一度は登ってみらい四季の眺めは今出山

○ツツジ花咲く今出の山は真紅に燃えて誰を待つ

〇五葉氷上の高峰にゃ負けた月と朝日は今出山

○山の頂上から四方を眺めほんとに絵の様な山と海

○秋の尾花と紅葉の頃は今出の鹿は誰を呼ぶ