佐藤写真館

気仙の村社と狛犬

平成元年5月17日

八十八夜は春一番の季節、若芽の吹き出る緑は最高の景観を描き出す。

旧今泉街道を矢作川に沿って逆登ると、間もなく鳥井が右に見えて、矢作町村社である事がわかった。タクシーを待たして、社殿と狛犬を尋ねて、急いで撮影を終えて、また車が二又に進む。

国道を右に折れて、第二の目的地である閑薫院に坂を登る。新緑の雑木林に山桜が点々と色彩を添え、渓流には釣り人の姿…と来ては、日本画の構図そのままだ。

それに白糸の滝が豊かな清流を思い切りよく落下して、10メートルの爆となり、初めて見る二又の沢にしばらく見とれた。秋の紅葉に思いをダブらせ、ファインダーをのぞき、シャッターを切った。二又の別れから1、2キロ、坂は再度橋を渡って、右に折れ、地形は滝の上を通るという形になる。閑薫院の建築物は、小川をはさんで、雑木林に囲まれて、ひっそりとしたたたずまい。鎮座ましまして参詣者を迎えている。

境内も広くはないし、仏閣も小じんまりとしている。だが、その構造と建築技術の粋と彫刻の精致さ、奥殿の六角堂のつくりといい、実に気仙大工の見本をあの山奥に造営したように感じた。

参拝と撮影を済ませて、ひと休みしたが、弁当にはまだちょっと早い。今日の予定は達成した。降らず輝らず、さわやかな中、若葉に映える鯉のぼりと野鳥のさえずりを耳にして、またも目白の鳴く音の無いのには驚く外はない。

「運転手さん一つ相談だが、予定より早いので、気仙一周して帰っては…。都合悪くなければ頼みます」と持ち込むと、心よく承諾してくれた。気仙の村社と狛犬を尋ねて約五年間、自分で免許が無いので、列車、バス、ヒッチハイクと恥も外聞も忘れて、利用出来るものは便宜をはかって貰って巡り歩いて来て、残りは気仙町、竹駒、横田の三町だけとなった。ここまで来て撮り残したのでは、また改めて出直して来なければならない。

そうと決まれば…と矢作川筋を今泉町に急ぐ。天神下に剣豪千葉周作の誕生の碑を左に拝し、右は村社天満宮がある。境内も広々として、数百年の老杉には日を見張る。参拝して竹駒神社にもうで、仲間と二人で運転手にシャッターを切って貰った。  ここで弁当の予定だったが、撮影が終わる頃から空が暗くなり、雷鳴が聞こえて、ポツリボツリと来た。車で昼食を済ませ、最後の目あて地、横田町に車を飛ばした。

雨は次第に本降りの様相。あと一社で撮影が満願となるのに、今までは一度も雨にも雪にもあわなかった。幸運は神様のご加護、と感謝して撮り続けたが、最後の横田町で初めて雨降りとは残念。暗いのだが、「びしょ濡れになっても撮りかねてたまるか」と決心して、高い石段を駆けるように登った。老杉の枝からは滴が落ちる。ストロボが光る。神域の撮影がこれで終わった。

急いで車に戻り、濡れた衣服を拭きながら、心の奥から熱いものがこみあげて来るのを覚えた。他人には解らない自分だけの誇りと感激である。これから町別神社と狛犬の整理をはじめるのであるが、万民心のよりどころと憩いの神域、やすらぎの鎮守の森は、永久に守護される事を祈念してこの稿を終わる。