佐藤写真館

住田を尋ねて

平成元年4月22日

春の彼岸も過ぎて、いよいよ老人の季節となり、森羅万象あらゆる生物が目覚め始める。小さな生命は、それなりに生長をはじめ、今から秋の実りを楽しみに精一杯のスタートだ。老人も遅れじと、動き出すことにした。

今日は朝から晴天で、風もさわやか。カメラを肩にバスに乗った。降りた所は住田町世田米の入口、大崎だ。村社は杉の古木の鎮守の林の中だ。見上げる石段の高いこと、目測五十メートルはあるようだ。中心は頂上まで手摺りが設置されて居たが、八十歳の身には急傾斜はきつかった。

何回も、立ち休み、登る。中段のおどり場に一番のお目あての探し求める狛犬が左右に下を見下ろして迎えてくれた。

カメラのピントは入念に合わせた。林の中で光線が弱いので、ストロボのスイッチを入れた。このあと再度、神殿目ざして登りつめた。参拝して帰路は裏参道を降りた。

狛犬尋ね五年

JRバス駅で上有住駅行に乗車した。八日町入口の橋のたもとで下車して、橋を渡れば右に杉木立の森が目につく大きな神明鳥居がある。村社である事はすぐわかった。しかし、世田米の天照皇大神宮と鳥居が違うので、不審に思った。皇大神宮の方は神明鳥居だ。やがて、表参道の石段を二十段ほど登って拝殿前に着いた。

人影はないが、無断で扉を開き、神前にて拝礼した。見上げれば金文字で立派な額に「五葉神社」と彫刻されていた。

内外を撮影して、第一の目標狛犬の姿を求めて境内中探したが、ここには狛犬は無かった。五葉神社は、大船渡市の日頃市町村社もなぜか狛犬が無いのだが、どうして五葉神社には狛犬が無いのか不思議だ。

狛犬を尋ねて五年目になる。三陸と大船渡と住田と神社を順々に巡って、残るは陸前高田市内五ケ所だけで、念願の気仙郡内の村社と狛犬が撮り終えるのだが、狛犬は即ち石の彫刻に魅せられてのこと。住田を終わり、帰途についた。

再度高瀬へ

そこで昨年秋に撮影に失敗した下有住高瀬の千本桂の名木を、再度、葉の茂る前に撮影することを思い出した。

バスの時間を割り出して見ると、帰宅まで3回乗り次ぎしなければならない。思案にくれて八日町を彷捏していると私の自宅近くの酒販会社の小型トラックが停車しているのが目についた。

〝渡りに舟″と恥も外聞も忘れ、高瀬までの乗車をお願いした。

運転者は一人で、卸配達の帰りだと言う。世の中には親切な人も大勢いるものだ。ご好意に甘えて高瀬に急いだ。五分間ぐらいの道のりだが、車は速い。気仙川筋を南下して、やがて車は私の目ざす桂の巨木の根元で停車した。

驚いた事に車内で自分の今日の目的を話したのだが、「どうせ帰るだけだから心配無用。ゆっくり必要な写真を撮りなさい。待っていてお宅まで送って上げるから」という。其の親切な心と老人に対する思いやり、なんとも感謝の気持ちで快くカメラのシャッターを切ることができた。

待っていただいた車に乗って改めて考えてみた。会社の勤務と車の責任とを心得ての親切、心深く温めて一生忘れる事がないだろう。

改めて多謝

3、4日後酒販会社の所長さんが証明写真の撮影に来店して下さった。はじめての面会だったが、車の親切のことを話すと「あなたの記事は楽しく読んでいる。自発的に思いついたことの記事の写真撮影の時は、会社の車を利用して下さい」とのこと。私の趣意を御理解下さってお許し下さった。御好意有難うございます。

その折り、氏名も開かずに申し訳ありませんでした。所長さんからお聞き致し、また甚だ失礼ですが、遅ればせながら佐藤光男さんに心からお礼申し上げます。紙面を拝借致し恐縮に存じます。

なお、高瀬の桂は、玉桂と地元では呼んでいる。樹元には一間四方の祠(ほこら)があって、竜神が祀られ、下有住住民の信仰の祭神であるようだ。

樹形を観察するには、葉の茂る前でなければ幹や枝が多くて困難だ。今は木型がりっばだ。

二戸郡浄法寺の天台寺は、瀬戸内寂聴住職。作家でも有名な方だが、信仰の源泉は桂清水であると言う。それにも増して、高瀬の玉桂は樹幹の太さ、高さ、樹体形は実に素晴らしい。名木である。

住田町に提言したいが天然記念木として保存指定はどうかと思う。甚だ失礼な進言ですが、思いつくまま……。