佐藤写真館

枯れゆく名木〝樅″を惜しむ

平成元年2月1日

今も盛六郷を碑睨

名木・洞雲寺の樅の木は樹齢600年とも、それ以上とも見える。洞雲寺ご開基以前にそこにあった木であると思う。なぜならば、あの大木にしては根張りが見られない。たぶん下の池の底に根があって、お寺を建設の時、土盛りして小さな沢と共に埋めたてられたように思われる。

根元から腐れが上がり、中が空洞になったが、巨木の強さは、それに耐えながら樹齢を保っているのだろう。明治20年代の落雷で二又が折れたと言うが、私が子供の頃にはすでに屋根がかけられてあって、生木に屋根があるのが不思議で、よく見上げたものだった。そして50メートルもの高さに誰が建築したものだろうと、その度胸と技工に、子供心にも感服したものだ。

やがて昭和の中期に寺に遊びに行って驚いた。2メートルぐらいの樅の木に1メートルぐらいの太さの樅の丸太が寺の庭の真ん中のコンクリート参道に減り込んで落下し、屋根は破損していた。その後、切りつめられて〝トタン"でカバーされたが、次第に枯れが目立ち、枝が落ち、樹皮も剥がれ、木肌が見えてきて昔の面影はなくなった。枯れた部分を切り詰め、これで三度目だが、自分の身が痛むようだ。

然し、自然とはよく出来ているもので、そのそばに、ざっと30年ぐらいかと思われる若木(後継木だろう)が1本生えていた。あの親木なら、あたり一面繁殖しそうなものだが、洞雲寺境内付近の山には一本の樅の木も何十年とも見たことがなかった。

後継木も親木に勝るような立派な立ち上がりだ。これがまた五百年以上も生い繁り、盛六郷を睥睨することだろう。何百年の雨風にも負けず、雷にも耐え忍び親まさりの巨木を成してくれ。枯れゆく名木・樅を惜しんで…。